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         【共通キャリア・スキルフレームワーク 第一版】の解説
                  (その5)

                                                  2009年2月9日

4.2 知識とスキルに関して

ここでは、次の3点について考えてみたいと思います。

−あいまいな、知識とスキルの定義

BOK(知識体系)

−キャリアレベル3を試験の結果のみで判定することの可否

 

4.2.1 あいまいな、知識とスキルの定義

良く見ると、3つのスキル標準、情報処理技術者試験、おのおの「知識」と「スキル」の定義が微妙に異なります。ここをしっかり整合させない限り、「共通キャリア・スキルフレームワーク」ではなく、単なる「共通キャリアフレームワーク」でしかありえず、その価値も半減してしまいます。第一版には大きな改善の余地があるようです。

「知識」と「スキル」の定義に関してはETSSが最もしっかりしていると思います。

 

「...スキルとは作業の遂行能力を指し、「〜ができること」を表現するものであり、知識を有することだけではスキルとは扱わない」(ETSSスキル基準より引用)。

 

シンプルですが、これが正しいスキルの定義だと思います。知識とスキルは別のものなのです。まず、この辺のことを「共通キャリア・スキルフレームワーク」で明確に定義して、3スキル標準(と情報処理技術者試験)共通にする必要があります。

 

次に、「スキル基準」を明確に定義することです。

 

ETSS

ITSS/UISS

4

新たな技術を開発できる

 

定義なし

3

作業を分析し改善・改良ができる(後進の育成・指導が可能)

4

後進の育成・指導が可能

2

自律的に作業を遂行できる

3

単独で実施可能

1

支援のもとに作業を遂行できる

2

一定程度であれば独力でできる

 

 

1

指導の下でできる

上記はETSSITSSのスキルレベルの比較表です。ETSSがいかに厳しいかお分かりになると思います。

本来なら、共通キャリア・スキルフレームワークでしっかり共通のスキルレベルを定義しておくべきことです。早急に共通化をするべきことだと思います。

 

4.2.2 知識体系(BOK)の課題

今回、知識体系(以下BOKと略します)が別紙につきました。見る限りこれは情報処理技術者試験の午前の出題範囲と同じものです。知識項目のリストでしかありません。これってBOKと言えるものでしょうか。スキルに関して何も記述がありませんが良いのでしょうか。

BOKの元祖的存在(ではないかもしれませんが)で有名なPMBOKはプロセスの塊に見えます。最近注目されつつあるBABOKも同様です(プロセスとは言わずタスクと言いますが同じような意味です)。そしてPMBOKガイド(日本語第3版)は425ページ、BABOK(英語Ver1.6)は316ページと膨大です。同じくBOK(知識体系)と称しても、共通キャリア・スキルフレームワークはわずか5ページのみです。この差は一体何なのでしょうか。一目瞭然です。スキルまで記述しているか、知識項目のみ記述してあるかの違いです。BOKというからには知識だけではなくスキルまで記述しなくてはいけないと思います。

日本語の「知識」という言葉の意味と英語の「Knowledge」という言葉の意味の違いも大きいと思います。「知識」は「知っていること」という意味で使われることが多いのですが、英語の「Knowledge」は「知っていること」のみならず「経験・学習を通じて熟練したこと」すなわちスキルまでを意味します。ナレッジマネジメントで有名な野中郁次郎先生はこの違いを気になされ、「知識」という言葉を避け「知」という言葉を多用されています(形式知、暗黙知など)。「知識」は形式知であり、大量に流通可能(書籍、インターネット)です。スキルは暗黙知のため、流通は困難で人と人との交流のみで伝達されます。また、知識は形式知ですから簡単に試験(ペーパーテスト)で測れます。一方スキルは暗黙知ですから、テストで測ることは困難です。実際にやってみてもらうしかありません。

 

 

4.2.3 キャリアレベル3を試験の結果のみで判定することの可否

レベル3の定義を思い出してください。「応用的知識・スキルを有し、要求された作業についてすべて独力で遂行できる」です。これが情報処理技術者試験で判定できるでしょうか。スキルは暗黙知です。前述したように試験で測れるものではありません。測れないものをどうして判定できるのか大変苦しみます。ですから、試験結果のみならず、実務経験を加味することが必要ではないでしょうか。受験者数が多くて事務的作業ができないのでしょうか。まだ第一版ですから今後の改善に期待するしかありません。

 

4.3 各スキル標準との関係

最後に「共通キャリア・スキルフレームワーク」と各スキル標準(ITSSUISSETSS)、情報処理技術者試験との関係についてまとめます。

 

4.3.1 ITSSとの関係

基本的には、ITSSとは相性が良いと思います。「第一版」では職種/専門分野の不一致(営業職など)がまだ見られ、改善するべきところはあります。

 

4.3.2 UISSとの関係

UISSはタスクを標準化したものなので、あまりキャリアやキャリアレベルを強く意識していないところがあり、「第一版」で共通化するのはかなり強引な印象を持ちます。もう少し時間をかけてUISSのキャリア(職種)を整理することが必要ではないでしょうか。

一方、タスクはよく整理されている(完璧ではありませんが)ので、このタスクを定義する手法を「共通キャリア・スキルフレームワーク」に取り入れることも価値があると思います。現にITAETSSMOSワーキンググループでは、タスクを定義することに成功しています。手法としてITSSUISSETSSで実績があります。

 

4.3.3 ETSSとの関係

残念ながら現時点では「共通キャリア・スキルフレームワーク」と最も相性が悪いスキル標準と言わざるを得ません。ETSSは技術的スキルと教育に主眼がおかれていて、キャリア(職種)やキャリアレベルはまだ十分に吟味されていないようです。つまり他のスキル標準とはその生い立ち、目的が大きく異なることが遠因です。

あまりに広範な技術分野を対象にしているのが事態を複雑化しています。自動車のエンジン制御と携帯電話では扱う技術があまりにも異なります。それをひと括りの組込みエンジニアとして扱うのは無謀に見えます。逆に特定分野(例:エンジン制御)だけで情報処理技術者試験を実施するのも無理があります。

ちなみにすでに民間には、ETECEmbedded Technology Engineer Certification;組込み技術者試験制度)、トロン技術者認定試験、OCRESOMG認定組込み技術者資格試験)などが既にあり、各々特徴のある内容となっています。しかしその全てはETSSスキルレベル2までしか測定できません。各技術についてスキルレベル2に到達しているかを判定できますが、キャリアレベルとしてのレベルの測定は不可能です。詳細な技術要素までは測れないからです。

この辺の事情は「スキル標準ユーザー協会」の教育企画委員会が「ETSSスキルフレームワークと認定試験・資格マッピング」を作成し公表していますのでご覧ください。


スキル標準ユーザー協会資料より引用

 

ダウンロードはこちらから。

    URLhttp://www.itssug.org/docs/isv/EtssSkillFrameMapping10.pdf

 

この中では、すでに情報処理技術者試験のFEAEESもマッピングしてあります。ただし、縦軸はキャリアレベルではなく、スキルレベルです。ご注意ください。そして横軸は職種ではなく、スキルの第一階層(技術要素、開発技術、管理技術)となっています。

 

4.3.4 情報処理技術者試験との関係

まず、図をご覧ください。


「共通キャリア・スキルフレームワーク 第一版」より引用

 

最大の疑問は、なぜ「情報処理技術者試験」だけが準拠なのでしょうか。これも参照にするべきだと思います。そして「共通キャリア・スキルフレームワーク」を真のものにする必要があります。現状の「共通キャリア・スキルフレームワーク」は試験の出題範囲をBOKと称しているだけにすぎません(キャリアレベルは共通化されていますが)。知識・スキルの定義を明確にし、試験で人材を評価することの限界を明確にする必要があります。そのためにも「共通キャリア・スキルフレームワーク」は「情報処理技術者試験」から独立したものにするべきではないでしょうか。第二版以降の改善を大いに期待するところです。