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新試験制度 説明会 レポート 【後編】

 

ITSS V3の概要

 

ITSS/V3の概要を聞かせてもらいました。

新試験制度との整合性をとることに大変腐心されているのがよく分かります。

 

V3におけるITスキル標準キャリアフレームワークの改訂点】

@  レベル12の共通化

(対応しない職種の専門分野の線を削除)

A  一部の職種・専門分野の変更

(コンサルタント、ITスペシャリスト)

 

図解できなくて申し訳ありません。発表資料を機密扱いしているためでしょうか、Copy さえできないファイルです。

 

@は試験制度との親和性を高めるためのようです。

Aの具体的な詳細は3月末を待ちましょう。

この辺は想定の範囲内という感じがします。

 

 

ITスキル標準と情報処理技術者試験とのレベル整合について(レベル1〜3)】

 

          ITスキル標準         情報処理技術者試験

      達成度指標   スキル熟達度      業務と役割

 

レベル3  要件に対して  メンバーとして     独力で役割

      独力で達成   独力で実践       を果たす

 

レベル2  上位者の    メンバーとして     上位者の指導の

      指導の下    上位者の指導の     下、役割を果たす

              下で実施

 

レベル1  担当作業    基礎的な知識を     活動を行う

      を実施     を有する

 

上記のように、レベルの定義そのものも整合されてきます。

 

では、注目のレベル判定はどうなるのでしょうか。

まず、もう一度下の図をご覧ください。

 




よく見ると、「各企業で判断」という部分があります。注目してください。

そうです、ITスキル標準のレベル(15まで)は最終的には各企業が判断するのです。

 

次の「レベル評価」が最も重要な部分です。

 

【レベル評価ガイド】

  ITスキル標準レベル評価方法に関する基本的な考え方

   ◆達成度指標による経験・実績で評価することが「ITスキル標準」の基本思想

 

この一文が「ITスキル標準」のいわば憲法です。どんなに知識があり、試験に合格しても仕事をしている実績がなければそのレベルの評価になりません。当然のことです。

よく引き合いに出されるのが、情報処理技術者試験における学生の合格率と社会人のそれとの対比です。常に学生のほうが合格率が高いようです(受験勉強になれているからでしょう)。社会人はそうでもないそうです。

では、実務経験はないけど試験に合格した学生と、実務経験はしっかりあるが試験に不合格の社会人では、どちらのレベルが高いのでしょうか。

ITスキル標準」では、実務経験のある社会人の方がレベルが高く評価されます(当然です)。一方「共通キャリア・スキルフレームワーク」では、社会人ではなく、試験に合格した学生の方が高く評価されることになります。

常識的に見て、どちらのレベル判定が正しいでしょうか。明らかですね。

 

ここが、「ITスキル標準」と「共通キャリア・スキルフレームワーク」との決定的な違いです。

【前編】でも書きましたが、「共通キャリア・スキルフレームワーク」のレベル(13)の定義は「試験の合格」です。仕事ができるかできないかは一切無関係です。一方「ITスキル標準」では、策定当初から「実績主義」を貫いています。それが「ITスキル標準」の価値と言えるのではないでしょうか。それは大変大きな価値だと思います。

 

しかし、「ITスキル標準V3」では、試験制度との整合性に大変腐心し、以下のような(まるで)妥協案をだしています。

 

「レベル1〜3のレベル評価にあたっては、基本的に情報処理技術者試験の合

格をもって判定することを可能とする。ただし、情報処理技術者試験を用いな

い場合の評価指標として達成度指標は従来通り有効である。従来どおり達成度

指標に基づくレベル判定を否定しない」(「ITスキル標準V3の改定について」

P27より抜粋)

 

まるで玉虫色の妥協案に聞こえます。もっと堂々と違いを明確にしても良いのではないでしょうか。

もし、社内できちんと面接などしてレベル評価(レベル23を含めて)をされているのであれば、そのまま今のやり方を続けるべきです。正しいことをやめる理由は何もありません。試験制度との整合性のために正しいことを放棄するべきではないと思います。あくまでも「達成度指標による経験・実績で評価することがITスキル標準の基本思想」です。

 



最後に「共通キャリア・スキルフレームワーク」についての意見を述べます。


「産業構造審議会人材育成ワーキンググループ報告書」より



この表は正しいのでしょうか。

知識のリストとしては大きな間違いがあるわけではありません。もちろん技術項目は時代とともに変わっていきます。それに合わせて追随する必要もあると思います。

むしろ問題なのは「知識」が18までで、それ以外の「資質」「技能」が残りの2つしかない点です。これを普通の人は、知識が80%で残りのパーソナル部分は20%しかない、と見ると思います。つまり、IT人材に必要なスキルは80%が知識であり、残りの20%がパーソナル部分です。そうすると、レベルはエンジニアの知識を試験で測れば(80%が正しく評価されるので)それでほぼ正しいレベル判定になる。という論理ではないでしょうか。

 

これは明らかに間違いだと思います。OECDの学力の定義が既に「知識」ではなく「考える力」に変わってきていることを先週の朝日新聞の記事で紹介しました。私はこれがそのままIT人材の教育にも当てはまると思います。「考える力」は「技能」の課題発見能力、抽象化能力、問題解決能力に相当します。またOECD/PISAの「読解力」におけるコミュニケーション能力はまさに、ヒューマンスキルに相当します。ですから、IT人材能力の80%を知識に比重を置いている情報処理技術者試験の古い考え方は、もはや世界の学力の定義から外れてしまっていると言えます。

比率はむしろ逆で、「知識」より「ソフトスキル(ヒューマンスキル)」や「技能」(課題発見、抽象化、問題解決)の方が多くなると思います。世界のIT人材に求められているスキルの80%はパーソナルな部分(ヒューマンスキルや課題発見、抽象化など)であり、残り20%が「知識」ではないでしょうか。ですから、日本の義務教育の問題点はまさにIT人材教育の問題点と言えると思います(この、80%/20%の数字にこだわるわけではありませんが、意図はご理解いただけると思います)。

 

もう一つの例を紹介します。ITSSユーザー協会の高橋専務理事が好んで使われている、ロバート・カッツ教授の「能力と職位の関係図」です。





  Robert Katz, "Skills of an effective administrator," Harvard Business Review,
  September-October 1974, pp. 90-101.

 

カッツ教授によるとスキル構造は3種類あります。

   専門能力(テクニカルスキル)

   ヒューマンスキル(ソフトスキル)

   概念化能力

 

専門能力は「共通キャリア・スキルフレームワーク」の18までの知識に相当します。

ヒューマンスキルは9番目の「ソフトスキル」で、コミュニケーション、リーダーシップ、などです。

概念化能力は10番目の「技能」の部分で、課題発見能力、抽象化能力、問題解決能力に相当します。そして「共通キャリア・スキルフレームワーク」との決定的な違いはその比率です。

ハイレベルになればなるほど、「知識」は少なくなり、せいぜい20%程度になります。注目していただきたいのは、9番目の「ソフトスキル(ヒューマンスキル)」です。レベルに変わらず、半分近くを占めています。カッツ教授によると、一番重要なのはヒューマンスキルなのです。

「共通キャリア・スキルフレームワーク」での比率とちょうど逆になります。これはOECDの新しい学力の定義とも一致します。

 

知識偏重のままで良いと思っているのはどうも日本の情報処理技術者試験センターの関係者のみではないでしょうか。日本のIT人材教育が「世界から取り残された人材」の育成になってしまうことを大変危惧します。

 

 


OECDPISAで問われているのは義務教育のことでIT人材を対象にしたものではない、と思う方もいらっしゃると思います。それも一つの考え方ですので、否定はしません。そのような方との違いをあえて言えば、抽象化能力、課題発見能力の差ではないでしょうか。義務教育の知識偏重教育の危機を抽象化し、一般化すれば、IT人材の教育との共通性、類似性は明らかになると思います。一方、抽象化ができなければ(抽象化能力がなければ)、義務教育とIT人材教育との違いに目をとられてしまいます。現在はこのような抽象化能力(一般化能力)、課題発見能力が、世界に通用する学力において求められているのではないでしょうか。

 

新試験制度の説明会を聴いても、やはり知識偏重の考え方を強く感じます。例えば以前の試験の合格は現在でも有効だという説明もありました。昔の「特種試験」合格を今でも名刺に印刷されている方もいらっしゃいました。聴いていて「ぞっとした」のは私だけでしょうか。そんな昔の知識(技術)に頼って仕事をされているのは、OECDの学力の定義が変わっているのと同様、世界のIT人材への要求が大きく変わっていることを何も知らないからではないでしょうか。

古い知識(特種試験など)のある人のコミュニケーション能力(例えばプレゼンテーション)はどうでしょうか。知識偏重の試験を推進される方(当然その人の能力も知識偏重です)に世界で通用する新しい学力としてのプレゼンテーション能力を期待することは無理(間違い)かもしれませんね。そういえば、説明会では資料をただ棒読みするのに近いプレゼンテーションもありました。

 

 「ITスキル標準」のスキル項目がすべて正しいわけではありません。まだまだ改善する余地がたくさんあります。例えば、上記のパーソナルな部分、「ソフトスキル」や「技能」と分類されている部分はスキル項目そのものが、まだ貧弱です。しかし仕事を達成するためにはどのようなスキルが必要かを議論できる構造になっていることが重要です。それは達成度指標による「実績主義」だから初めて可能になるのです。今後議論を進めることによって、「資質(ソフトスキル)」や「技能」に分類されているスキルを詳細に具体化し、OECDで言う新しい学力及び、世界のIT人材に求められている能力にも対応できるスキル項目を作成し、IT人材育成を実施していかなければいけません。そうしないと今後、日本のIT産業は衰退の道をたどる可能性があると思います。

 

もう一度、朝日新聞の記事の中から、

 「多くの国の労働市場からすでに消えつつある種類の仕事に適した人材育成」

(朝日新聞(32日付))

 

このOECD事務総長の言葉からどのようにしたら脱却できるか真剣に考える必要があると思います。

 

尚、2006年に実施されたPISA調査は日本の教育界に大きなショックを与えたようです(当然です)。

参考となるURLを紹介します。興味のある方はご覧ください。

http://www.p.u-tokyo.ac.jp/sokutei/pdf/200608/arimoto.pdf

GoogleなどでPISAを検索すると、これ以外にもたくさんあります。




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